福岡で起こっている地震を見て。災害時に困るのは具体的にこんなことだった【東日本大震災を経験して】

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どーも、めぐです。

2日前から熊本を震源とする、大きな地震が起こってますね。

地震速報を見る度に、九州にいる親戚や広島の実家にいる両親のことが心配になります。

でも、心配してるばかりじゃ ぐるぐる悩んだままで。

いま九州地方に住んでいる人に向けて、遠くからでも届けられる情報が何かないかなぁってことで、2011年に東日本大震災を茨城県で経験して感じたことを振り返りたいと思います!

 

揺れがおさまらない大地震。その時の状況。

reporter

2011年3月11日、あの日地震が起きたのはお昼過ぎでしたね。

わたしは大学の講堂でちょうど授業を受けていました。

講堂のホール内では、お昼でも照明が暗めで、わたしの他には50人~70人くらいがびっちり席に座って話を聞いていました。

 

ドンッ!

(だいぶ大きな揺れ。まぁ、たぶんちょっと大きめの地震なのかな・・・)

・・・グラ

・・・・・・・グラグラ

・・・グラッ・・・・・・・・・・・グラグラグラ!

 

40秒経過後
(おさまんない!?ってゆーか、強くなってるうわああ)

 

グラグラグラグラ!

バーーーン!

(え、上から照明落ちてきたし、これ閉じ込められるんじゃ。涙目)

 

女生徒「きゃーーーーー!!」

(叫びたいのはこっちだよ!不安煽るんじゃねぇよッこんちくしょぉぉぉおオオィ!!!)

 

女の子の甲高い悲鳴なんか聞いたら、涙なんかぶっ飛びますよ。

悲鳴とかあげられる、かわいいおんにゃのこに生まれたかった。。。

無言でそう思いながら、立ちながらの移動が困難な揺れのなか通路に出ました。

這いつくばるようにしてでも、ホールの出口を目指しました。

 

今までに体験したことのない規模の地震。

冗談抜きで死ぬかもって命の危険を感じました。

あれ以来、ちょっとの揺れでも意識がピリッとなります。サバイバルスイッチがオンになる感じ。

余震が続いていた頃は、若干トラウマで少しの揺れでも心臓がバクバクしてました。

 

ホールに閉じ込められるかもって思っていましたが、幸いにもドアはきちんと開いて、外に脱出することができました。

海沿いの地域でもなかったので、津波の被害もありませんでした。

一応授業中だったので、ホールで出たところでみんな待機していて。

良くも悪くも非日常。周りはガヤガヤしています。

 

当時付き合っていた彼氏にすぐさま連絡をして、連絡がついたので一安心。

それでも、大きな余震は続きました。

 

被災地にいて困ったこと。そして、助けられたこと。

 

その1:断水

jyaguchi

しばらくして、家に戻って・・・

「あれ?水がでない;」

断水って、飲み水はもちろん、トイレ・お風呂にも困るんですよね。

 

空いたペットボトルなんて持ってなかったわたしは、お風呂の桶とバケツを持って給水車のもとに走りました。

そのとき、近くのお好み焼き屋さんの奥さんが「うち、水出るから持っていきな~」って水をくれました。

 

その2:食料難

minion-supermarket

在庫がなくなって、からっぽになったスーパーの棚。何店舗回ってもどこも状況は一緒でした。

残っているのは甘いお菓子だけ。食パンを確保するだけでも一苦労。

お店の人にもうパンはありませんかって聞いてみても、「ないです(キッパリ」って言われるだけ。

でも、それを見ていた主婦の方が、「2個持ってるから1個譲るよ~!」って声をかけてくれたんです。

 

どれも初めての体験だった中で、周りの人のやさしさが身に沁みました。

本当ありがたかったです。今でも覚えています。

 

非常時は自分の安全を確保するのが一番っていうのは絶対です。

ただ、日常に戻って生活していく中で、少しでも親切にしてもらった経験っていうのは本当ありがたかったです。

小さいことでいいんです。

近くにいるからこそお互いに助け合えることって多いと思います。

 

日常生活は流れていくけど、「もしかしたら明日死ぬかもしれない」という感覚は常につきまとってくる。

fear

震災があって一週間くらい、親に説得されてもわたしは実家に避難しませんでした。

原発事故で未曽有の災害になるかもしれないと思いながらも、わたしは大学がある茨城にいました。

というのも、当時付き合っている彼氏と離れたくなくて。

 

数時間おきにくる余震。

テレビで流れ続ける地震のニュース。

何度もリプレイされる、津波で流される街。叫ぶ人の姿。

得たいが知れない放射能の影響。

CMは、ずっとAC。

 

そういった景色を見て、当時21歳のわたしが、東日本大震災で強烈に感じたこと。

それは、得体のしれない「死」というより、もっと具体的なもの「大切な人にもう二度と会えなくなることへの恐怖」でした。

 

わたしだけ逃げて、このまま大切な人に会えなくなるのだけは嫌だ。

自分の身の安全確保が一番だといいましたが、大好きな人を目の前にすると矛盾した感情も出てきます。

 

非常事態だと、なかなか冷静な判断をしているつもりで、できていないことが多いです。

(わたしはテレビ見るのが嫌になってきて、元カレとゲームばかりしてました。いま思えば現実逃避だったなァと…)

 

避難できる方は、なるべく避難して。

その場にいる方は、自分の安全第一で。

 

 

情報収集は大事なんだけど、同じことばかり繰り返すテレビばかり見てると気が滅入るから。

不安な気持ちも含めて周りの人とたくさん話をして、いろいろと情報を共有してくださいね。

気持ちが元気なのが一番です!!:)

 

↓今朝、ゴミ収集車に置いていかれました。Facebookいいねが今のわたしの活力です(笑)

 

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