めぐのプロフィール

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はじめまして!めぐです。

プロフィールページまで、はるばるきてくださって、ありがとうございます!!

わたしが、恋愛・ノマドライフにここまでこだわるようになった経緯について、わたしの半生を紹介しながら、伝えていきますね。

わたしのブログであなたに伝えたいメッセージは、この一つ。

めぐ
失敗を恐れて動かないより、
行動を起こして愛せる自分作りを!

 

めぐの生い立ち

family幼少期

わたしは一人っ子です。

物ごころついた時から、専業主婦の母が嫁姑関係で悩む姿を一番近くで見てきました。

 

祖母は気性が激しい人で、機嫌を損ねると、毎日怒涛のように電話を家にかけてきました。

鳴りやまない電話のベル、電話をとれば受話器口のそばにいないわたしにまで聞こえてくる祖母の怒鳴り声。

母は泣いてました。母が父に相談しても、「お前の対応が下手だから、そんなことになるのだ」と父は言って母を責めるだけ。

毎日、見ているこっちが辛かった。だけど、小さいわたしには何もできなかった。

そんな光景が、幼い頃のわたしの記憶です。

 

小学生の頃、学校の成績は良いほうでした。

ある日、わたしが進学校に進学することを、小学校の先生が母に勧めてくれました。

母はそのことをとても嬉しそうに私に伝えてきました。

母が喜んでくれる、自分ができることがある

勉強は嫌いでなかったし、周りの子に比べてできるって自信もある。

わたしは、進学校を目指して「お受験」をすることにしました。

 

school-girl

コンプレックスと家出した高校時代

小学校の中では勉強が得意なほうだったけど、塾に行くと自分よりもっと優秀な子がいて。

塾の中では、周りの子と比べて、特にめちゃめちゃ勉強ができるというわけじゃなくなりました。

褒められたい・認められたいって思いは相変わらず強くて、それをモチベーションに頑張っていました。

 

そして、迎えた中学受験。

わたしは第一志望の進学校に落ちました。

後日、補欠合格の連絡がきました。それが、わたしの初めて味わった挫折。

 

中学に入ってからは楽しく過ごしていたのですが、わたしが進学した学校は中高一貫の学校でした。

高校に入って、さらに授業のレベルはあがっていきました。

家では相変わらず嫁姑の問題があって、母が愚痴をこぼせる相手は私くらい。

母と父は不仲で、父は働いているので毎日夜遅くにしか帰ってきません。

 

わたしは中学校まで電車通学をしていたのですが、そういった上手くいかないことの蓄積でストレスを溜めこんでいたのでしょう。

毎朝、電車に乗るたびに、おなかが痛くなる・下痢をするという症状が出てきました。

なんで自分の体なのに、自分が思うように動いてくれないの?

学校の保健室に行く回数が増え、授業にも出席扱いにしてもらえるぎりぎりの時間で途中から参加するような生活になりました。

そういったうまくいかない状況が苦しくて、最初は抵抗がありましたが、カウンセリングを受けるようになりました。

 

自分の悩みは、両親と話をできないこと。学校の中での息苦しさ。

言いたいことが言えない。

家にいても、学校にいても、苦しい。思ってはいけないことだけど、もう死んでしまおうかと頭によぎるくらいでした。

 

rail

この状況を打開するために、わたしは保健室の先生やカウンセラーの人に相談をして、わたしは計画的な家出を決行しました。

家出先は、安全で信頼できる、私の家から新幹線で3時間ほど離れた、いとこの家。

家出することを家出先のいとこの家族には、事前に話してはいませんでしたが、おばは私を受け入れて、家においてくれました。

 

突然の家出にびっくりした両親は、わたしが家出した次の日に父は有休を取って、母と一緒にはるばるいとこの家まで飛んできて、一緒に帰るようにとわたしを説得しました。

が、わたしは、「帰らない」と言って、その説得を聞きませんでした。

 

一週間してようやく家に戻って、今までろくに話したことがない父と初めてゆっくり二人で話すことができました。

その時に、わたしは今まで言えなかったことを問い詰めました。

「なんで、ママが悩んでいるのに、パパは助けてくれないの?」

父が母にしてあげていることは働いて稼いだお金を家に入れるだけ。

母が困ったときに話を聞いてあげるようなことは一切しない酷い人間だと思っていました。

 

けれど、問い詰めたやりとりの中で、父の印象がガラッと変わりました。

 

めぐ
なんで、パパはママと結婚したの?
ママがこんな人だとは思わなかった

 

この一言だけでは、読んでいるあなたは、無責任で不誠実な印象を父に対して抱くかもしれません。

ただ、わたしから見れば、逆に誠実な一言でした。

父の脆さを初めて感じました。

この一言以外、父の口から母を責めるような言葉を聞くことはなく、わたしの話を聞こうと父は必死でした。

会話をしているうちに、父が、母と私を養うこと一番の愛情表だと考えていたということが見えてきました。

不器用だけど、父なりに精一杯頑張ってきた。それがわたしに伝わる一言だったんです。

家出したことで、父と会話できたことで、ようやく理解することができました。

 

苦労する母の姿を見てきたことで、結婚・家族に良いイメージを持っていなかった私は改めて疑問に思いました。

 

近くで他人と一緒に暮らしていくのって大変なこと

結婚したら幸せになれるなんて思えない

家族が素敵なものだなんて考え方は幻想としか思えない

家族って、何なんだろう?

 

めぐが経験してきた恋愛

heart

大学時代に初めてできた恋人が、人を好きになることを教えてくれた

高校卒業後、わたしと親との関係がすぐ良好になるというわけはなくて。

勉強についていけず偏差値30台だった私は、親からの理解を得て、一年予備校の寮で生活しながら、浪人することにしました。

このとき、自分のことを応援し続けてくれる父・母に少しずつ感謝できるようになっていきました。

 

そして、一年の浪人生活を経て、大学に合格。

わたしは地元に戻らず、関東の大学に進学しました。

部活は、アイスホッケー部にマネージャーとして入りました。

同じ部活の男の子から初めて告白してもらって、その当時そこまで好きというわけではなかったけど、一緒にいて楽しいと思えたのでお付き合いすることにしました。

 

その頃の私の恋愛観は、結婚をする気はない。子供なんか絶対欲しくない。

けれど、付き合うってことが目新しくて、とりあえず男性と付き合ってみようってスタンス。

 

当時、彼のことを好きって気持ちは、『友達として』の好きでした。

だからなのか、初めて彼とSEXしたとき、なんだかすごく気持ち悪かったんです。

気持ち悪さの原因は今思い直して考えてみても、よく分からないけど、その行為がわたしの苦手意識のある『子ども』『家族』を連想させるものだったからなのかなぁとぼやーっと思います。

ただただ、自分のことも、彼のことも、見える世界が全て気持ち悪かったです。

 

「彼のことをわたしは恋人として見ることができない」と感じて、彼に別れをすぐ切り出しました。

もちろん、気持ち悪かったなどとは言わず。

別れを切り出して、彼はショックそうだったし、別れる理由が何なのか分からないままって状態でしたが、すぐに別れることができました。

『友達として』の好きなので、わたしには失恋のショックはありませんでした。

むしろ、ホッとしました。

 

一か月後、彼から会おうと言われ、直接会ったときに、こう切りだされました。

体の関係が気持ち悪いっていうなら、それでもいい。
何も手は出さない。けど、俺はまだ好き。
付き合い直してもらえない?

え?なんであたしが気持ち悪いって言ったことを、彼が知ってるの?

どうやら、部活の同期の女の子に相談した時に言ってしまった、わたしの一言『彼のことが生理的に気持ち悪かった』が伝わってしまったらしいです…。

 

それより、何より、気持ち悪いとまで言われて、わたしのことを好きなままでいるのかが、全然わかりませんでした。

他人が陰で、自分のことを「気持ち悪い」なんて言っていたら、普通は怒るかショックをうけるか。

そんなことを聞いたら、間違いなくわたしのことを嫌いになるだろうと思っていました。

こんなバカみたいに誠実な人をわたしは今までに知らない。

 

この人なら、これから恋人として好きになっていけるかも。

 

彼のまっすぐ過ぎる性格って、私が持っていない性質で、とても尊敬しました。

色んな場所に遊びに行くのがお互い好きで、たくさんデートをしました。

couple

中絶。6年間付き合った、彼から告げられた別れ

大学1年から大学院を卒業するまで、いつも順調だったというわけではなく、何度か別れそうになったこともありました。

彼の未熟さが目について、わたしがヒステリックを起こして別れを切り出したり、わたしの不安定さに彼が辛くなって彼の気持ちが離れていきそうになったり。

 

大学4年のとき、わたしの恋愛観を変えるイベントがありました。

わたしは、彼の子を妊娠しました。

子どもなんて欲しくないって思っていたはずのわたしが、自分のおなかにいる子どもの姿を初めてエコーで見たとき、「あー、わたしのお腹のなかで生きてるんだ」ってあったかくて嬉しい気持ちになれたんですね。

自分で自分の反応にびっくりしました。

彼のことが、自分自身より大事な存在になっていたことに、その時初めて気付きました。

人を好きになる・愛するって、こういうことなんだって。

 

子どもを産むかどうか、彼もわたしも学生だけど、毎日迷いました。

つわりもひどくて、親には相談できなくて。

 

わたしは、結局、産まないという選択をしました。

自分で選んだことだけど、好きな人との子どもを自分は殺した。

中絶した私なんかが、笑って生きる資格なんかない。

そうやって、自分を責めた時期もありました。けど、その時彼が支えてくれました。

笑って過ごすことが、今のめぐにできることじゃない?
ねぇ、笑っていてよ

自分を赦してくれる人なんて誰もいなくて、その言葉だけにかろうじて支えられていました。

 

against
 

大学院の二年間、彼とわたしはお互いが誰よりも近くにいる存在でした。

卒業して就職することになって、わたしたちは遠距離恋愛をしなければいけなくなりました。

「良い」「素敵」と思えるものが、段々彼とずれていきました。

物理的な距離だけじゃなく、お互いの気持ちまで、気づいた時にはすごく遠くなっていて。

 

遠距離恋愛をはじめてから半年後、彼から別れを告げられました。

別れを告げる前、彼は泣いていました。

もう俺、めぐのこと、心から応援できない。
彼氏失格だ。

わたしは別れたくなくって散々抵抗したけど、正直彼と同じ気持ちでした。

わたしも、彼のこと素敵だって思う瞬間が少なくなってきていて、応援できなくなってきていました。

別れを告げられる前の自分は彼に感謝できなくなって、好きって気持ちはもうわからなくて、独りよがりに彼との関係を繋ぎ止めたくてもがいていただけでした。

 

相手と一緒にいる自分のことが嫌いになったときが、別れるときなんだって知りました。

こうして、わたしは彼との関係を手放しました。

 

恋愛することで、彼もわたしもできることが増えたし、考え方が変わった

一緒に過ごした時間は、今でもキラキラしてて、あたたかい気持ちにさせてくれる

尊敬・感謝しあえる、愛する人と笑える毎日が、自分にとってのしあわせ

 

めぐのこれからと大事にしてること

こういった人生を送ってきて、今のわたしの夢があります。

 

誰かを愛して、その人のそばで、笑顔で過ごす一生にしたい

 

美味しいものを好きな人と「おいしいね~」って言いながら毎日送りたいです。

場所に縛られない生き方にこだわる理由は、好きな人をいつでも自分の優先順位一番に持ってこれる自分でありたいから。

海外に行きたいのは、以前短期留学したときに、目新しいことがあると活き活きしている自分がいて、なんだか心地よかったから。

そういう意味で、いろんな場所に動くのは、もはや趣味じゃなくてわたしがせずにはいられないことだと感じています。

NZには行ったことないし、移住先に選んだ特別な理由はないんだけど、直感です。

絶対にNZじゃなきゃ!って感じではないんだけど、なんか気になる子っているじゃないっすか。そんなかんじw

 

わたしは、恋がマンネリ化してドキドキ感はなくなること、もう知っています。

一時はどんなに愛したって、人間の気持ちが変わっていくことも、知っています。

家族になったら、どんな大変さが待っているかも、少しだけなら想像がつきます。

 

ただね、くさい言葉だけど、自分のためだけに頑張るより、これからの人生は大好きな人のために頑張りたいって思っています。

 

誰かのために行動を起こしたほうが心は満たされること、自分一人じゃ出せなかった力が湧くよってことを、わたしはこのブログを通して伝えていきたいです。

めぐ
失敗を恐れて動かないより、
行動を起こして愛せる自分作りを!

 

長い自分語りになりましたが、これ以上もこれ以下もない。

これが等身大のわたしの生きてきた道です。

 

ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます!!

 

おまけ。めぐの趣味

お絵かき

大好きなイラストレーターさんは、いわさきちひろ、窪之内英策。

自分でもお絵かきします。pixivもやっております。

風光るっていう新選組ものの少女漫画がバイブルです。

リアルな恋愛をした今でも憧れ続ける、わたしの理想の恋愛関係がそこにあります。

音楽

大好きな音楽は、エレクトロでキュートなピコピコサウンド。

好きなアーティストさんは、中田ヤスタカ、sasakure.UK、David Guetta、Daft Punk。

最近はあまり触れてないけど、ピアノ、クラシックギターが弾けます。

ジョギング

大学に入るまで自転車に乗れなかったほどの運動音痴っぷりですが、フルマラソンを完走したことがあります。

走る速度は遅いけど、走るのだいすき!

ラジオ

中高時代、真夜中ラジオを聞くのが好きでした。

その影響で、大学時代、ローカルFMのラジオパーソナリティーを1年くらいやっていました。

知人が作ったゲームのナレーションを、担当したこともあります。

好きな言葉 「食べることは生きること」

最近、料理を作ることにも目が向いてきました。

普段食べるもので、自分の体・考え方って変わります。

口にする言葉で、行動も変わってくる。

毎日のことが大事!

 

 

恋愛・家族・自分のコンプレックスでお悩みの方、わたしと共通の趣味がある方、どうぞ気軽にお声掛け下さい♡

 

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Mailでも、

あなたのことお待ちしております!

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